アドレスホッパーに聞く「住所不定無職」の愉しみ


「住む場所を選べたらいいのに」そう思っている人が実際にどれくらいいるかは分かりません。でも、自分で住む場所を決めることができるってステキだと私は思います。

 

多くの人にとって、それが難しいのは仕事や子どもの学校との兼ね合いがあるからでしょう。

 

月額制多拠点サービスが登場したときは「どんな人が利用するんだろう」と思っていたのですが、実際にそんな暮らしをしている人にお話をうかがうことができました。

 

会社員を辞め多拠点生活を満喫中のEmilyさん(仮名)に、今のような生活をすることになったいきさつや、多拠点生活の魅力、そしてこれからのことを聞いてみました。

 

◆Emilyさん

外資系の会社でリテール営業を約20年経験してきた。2020年6月に会社員を辞め、多拠点生活をスタート。

ブログ「自由な生活」Twitter

 

すべてはタイミング。多拠点生活をはじめたきっかけ

 

―今、どんな生活をしているのか教えてください。

月額制多拠点サービスのHafH(ハフ)とADDress(アドレス)を組み合わせて、東京と地方を行き来する生活を送っています。都内のADDressに専用ベッドを1台契約しているので、東京に用事があるときはその場所を拠点に動くこともあります。

 

ー今回、九州内での移動は車のようですが、いつもはどうやって移動しているのですか? 飛行機や鉄道やバスなどの公共交通機関を組み合わせています。九州は広いので車での移動が中心になりました。

 

 

きれいな紙で包まれたチョコレート
Emilyさんが鹿児島で出会ったチョコレート工房「kiitos」おみやげでいただきました

―多拠点生活の様子を記録した「自由な生活」というブログを運用されていますが、それまでは外資系の会社にお勤めだったんですよね。会社を辞めて、多拠点生活をするようになったきっかけは何だったのでしょうか?

 

これまでに転職は4回経験しています。新卒時は百貨店に就職しましたが、その後外資系の会社に変わり、リテール営業をトータルで20年くらい経験しました。会社員をしたことがある人なら誰でも、「やめようかな」と定期的に考えるものだと思うんです。 全然本気じゃなかったとしても。

 

私はときどき思いました。「人生は長い。65歳までここにいていいのかな。」って。そういうモヤっとした思いはあっても、だからと言って実際に会社を辞めるのは現実的ではありません。

 

私が会社を辞めようと思ったのは、本当にタイミングの問題です。勤めていたのは実店舗でモノを売るのが事業の柱になっている会社なのですが、コロナの流行もあって、そうしたビジネス形態は今後成長させていくのは難しいと考えられています。

 

事業計画は毎年立てるわけですが、店舗での売上アップが難しいなら、固定費削減のために人を減らなさなければなりません。会社に不満はありませんでしたが、辞めてもいいかなと思ったんです。

 

―生活の不安はありませんでしたか?

生活のことや生涯年収を考えると、迷いがなかったわけではありません。でも、私はそれまで仕事ばかりの人生を送って来ました。プロジェクトが始まると「私がいなければ」という責任感を持ってしまうタイプなので、このタイミングを逃したら辞めるときがないと思いました。

 

そんなときに目にしたのが、ADDressの広告でした。このタイミングでその広告を見たのは、運命みたいなものだったかもしれません。おもしろそうだと思いました。仕事を辞めるなら、都内の家賃を払い続けるのは現実的ではありませんし、やってみたい。とれる範囲のリスクならとってみようと。

 

“いい子”だった子ども時代に憧れた「自分で決める」自由

 

―これまでも自由に対する憧れのようなものは持っていたのですか?

思えば、そうだったんでしょうね。私は2人姉妹なのですが、小さい頃から「女の子だから」という理由で、いろんな制約があったように感じています。

 

一方で、親の顔色を見て期待に応えようとする「いい子」だったんです。本当は不自由さを感じていたのに。 周りのみんなが結婚する年齢になったときも、まったく結婚したいとは思いませんでした。私の世代では、女性が仕事したら家庭が疎かになるというイメージも強かったので。

 

夫や子どもに悪いなと思いながら働くことはできないと思いました。仕事をしていたら、子どもに十分手を掛けることもできないし、もし子どもに何か問題が起きたら、自分を責めてしまうと思ったんです。 やる前にいろいろ考えてしまっていましたね。

 

そういう考え方は、もっと若いときにやめていればよかったかもしれません。私にとっての「自由」とは、「自分で決められること」なのだと思います。

 

ー先ほど「自分が知っている世界は小さくて偏った世界だった」とおっしゃっていましたが、日本人で4回の転職を経験する人はまだまだ少数派ではないかと思います。外資系の方が年齢や人種も多様な印象があります。そのあたりいかがでしょうか?

 

たしかに、外資系の方が日系企業に比べると、多様ではあると思います。私には、社会人大学院や、プロボノの経験もあります。海外旅行は50回以上行ってますしね。そういう意味では一般的な人よりはいろんな人に会っていたかもしれません。

 

なまじっか、外の人を知っているからこそ、結婚して子どもを生んで、家を買って、子どもはお受験させて、という選択をしている人を見ると「これが世の中のすべてではないよね」という気持ちが湧いていたのだと思います。

 

意外と知らなかった。多拠点生活で分かった自分のこと

 

―多拠点生活を始めてご自身にどのような変化がありましたか?

始める前は、他人と共同生活できるのか心配でした。清潔レベルは人によって違いますしね。でも、やってみると意外と私って順応性あるじゃない?と気づきました。

 

大学を卒業して以来、中断することなく働いてきたので自分のことを仕事が大好きな人間だと思っていたのですが、仕事しなくなっても意外と平気でした。

 

ADDressを利用している人って本当にいろいろな方がいらっしゃるんですよね。自分が知っている世界は小さくて偏った世界だったということを思い知りました。 それから、健康になりました。よく寝て、食べて、遊んでいるせいかもしれません。

 

毎日が楽しくて、幸せだと感じることが多くなりました。毎日が子どものように新しくて、人とのつながりの濃さも感じています。

 

ADDressが利用者を対象に行った調査によると、このサービスを利用してからQOL(quality of life)が上がった人が9割以上だったそうです。コロナで孤独感を感じた人も少なくないという話も聞いていましたのでその結果は、おもしろいと思いました。調査対象者がADDressの利用者なので偏っている可能性はありますけど。

 

―健康になったとは、やせたとか、肌の調子がよくなったとか、ですか?

そうですね。こういう生活を始めて結構経っているので、今となっては何がよかったのか分かりませんが。普段は、田舎にいることが多いので夜が早いんです。

 

これまでは21時を過ぎても「何か食べたい」「ちょっとコンビニに行こうかな」ということもありましたが、田舎は「ちょっと」がないので。17時には夕ご飯を作ろうという生活リズムになっています。

 

多拠点生活の意外な不便さとは

 

ー反対に、多拠点生活の難しさはありますか?

実は食べるのが難しいですね。滞在期間が短いから、食料を買ってきてもその間にバランスよく食べ切るのが大変です。

 

今はコンビニも食べるところもたくさんある。と思うかもしれませんが、それでもみんな作って食べているんですね。食べることに関心を持っている人が多いと感じます。

 

他人と共同生活をする多拠点生活は危ないとか、大変なんじゃないかと思うかもしれませんが、目的があれば楽しめます。経験ととらえれば、たいていのことは我慢できるのではないでしょうか。

 

そう考えると、多拠点生活と定住を比較して、それぞれのメリットとデメリットを挙げることにはほとんど意味がないと私は思います。そもそも別のものだからです。 多拠点生活には不便さを感じることもありますが、自分が何をその生活から得たいと考えているか明確になっていれば、命に危険がない限り許容範囲です。

 

シリコンバレーのビジネスオーナーと老夫婦。多拠点生活を送る人の共通点 ―

ところで、ADDressを利用している人はどのような人が多いですか? 多拠点生活というと、バックパッカーのような人たちを想像するかもしれませんが、必ずしもそういう人ばかりとは限りません。

 

シリコンバレーに会社を持つ資産がある人や、自宅がある人、リアタイア後の生活を楽しむご夫婦にも会ったことがあります。 そうした人たちに共通しているのは、生活へのこだわりがあることですね。

 

ADDressの利用料は月額4万円。その中には私のように、住宅コストを抑えたい人もいれば、サービスのおもしろさに魅力を感じている人もいます。いつでもおいしいご飯が食べたい、と炊飯器を持ち歩いている人もいました。

 

また行きたい。多拠点生活する人に聞きたいおすすめの場所

 

ーこれまでに行った中で、どこがよかったですか?

難しい質問ですね。拠点のよさには、さまざまな要素があります。大きく分けると観光地が近いなど場所としてのよさ、そして物件としてのよさの2つでしょうか。

 

古民家もあれば、ピカピカの最新の家もあります。 でも、滞在した時間のよさは、それだけでは決まりません。拠点を管理する家守さんや、他の会員さんとの関係もあると思っています。

 

いくつもの拠点に行ってみて思ったんですけど、家には愛されているところとそうでないところがあるんですよ。古くて不便な家でも、きちんと手入れがされているところは心地よい。

 

今まで忙しかったので、家選びは掃除が楽で、駅や買い物できる場所に近い便利なところにあって、みたいなもので選んでいましたが。本当に楽しかったところには思い入れがあります。広島の尾道と、静岡県の榛原がよかったですね。

 

ざっくばらんにきいてみた、多拠点生活のお金のこと

 

ーTwitterを拝見すると、その土地のおいしい食べ物や美術館めぐりなどを満喫しているようですね。立ち入ったことですが、お金はどこで工面しているのでしょうか?

 

今は収入がないので、貯金を取り崩して生活しています。お金の心配がないとは言えませんが、健康でさえありさえすれば、自分一人くらいなんとでもなると思っています。会社員のときは、いくらあっても足りないと思っていたのが不思議ですね。

 

今の生活は暫定的なものだと考えています。多拠点生活をする中で、何が資産なのかを考えるようになりました。これまでの私は、本当に仕事しかしてきませんでした。 でも、この生活をするようになって、いろんな人と会って、さまざまな経験ができました。それはお金には変えられないものだと感じています。

 

はたから見ると、お金を使っているように見えるかもしれませんが、実際はそれほど使ってないですね。何より、都内で生活していたときより住居費が抑えられていますから。

 

以前は外食費も結構掛かっていましたが、それもなくなりましたし。移動費はかかりますが、持ち運びできる量しか荷物を持たないので、洋服や化粧品も買わなくなりました。

 

多拠点生活に終わりはある?再び定住を選ぶとき

 

ーこれから、どのようにしていこうと考えていますか?会社員に戻る可能性はありますか? 完全にノープランです。以前は「やりたいことを見つけなくては」「目標を決めなくては」と思っていましたが、今はそれも違う。

 

ノープランの中にいてもいいなかな、と思うようになりました。 会社員に戻る可能性はなくはないと考えています。会社員であることにも意味があると思うからです。会社は給料だけでなく、個人で手に入れたり実行したりするには難しい機会を提供してくれていました。

 

何でもできるわけじゃないと思いますが、決めきってはいません。すべては運や縁、タイミングの組み合わせだと思います。

 

ー今は多拠点生活にとても満足している様子ですが、いつか終わる日は来るのでしょうか? 今は子どものように毎日が楽しい「生まれて初めての体験」ばかりです。いつかものめずらしさはなくなるのかもしれません。一方、人とのつながりが濃い日々を送っているので、誰かとの出会いが定住につながるかもしれません。

 

仕事や教育が定住の理由になるというのは確かですが、住まうということだけで見れば、定住の意味が分からなくなっているとも思います。ルーチンが多くなると、人ってすさむんだなぁと、これは多拠点生活をするようになって分かったことです。

 

今後、仕事の関係で定住することになったら、週末だけ多拠点サービスを利用することもありえます。自分のよいスタイルを見つけたいですね。

 

印象的だったのは「多拠点生活と定住を比較して、それぞれのメリットとデメリットを挙げることにはほとんど意味がない」とお話されていたことでした。私たちはそもそも比べられないものを比べて、どちらがよいか悪いかという判断をしてしまっているのかもしれません。

 

 多拠点生活は今すぐ誰にでもできることではありませんが、「経験を通じて何を得たいか」という考え方は、愉しい暮らしにつながる視点の持ち方と言えるのではないでしょうか。