「一生続けられる仕事」は最大のリスクヘッジ


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田舎暮しへの憧れはあったものの、残念ながら一人でそれを実行する勇気までは持ち合わせていませんでした。

 

そんなとき「会社員ではなく、一生続けられる仕事をしたい。その方法のひとつが農業だと思う」という、現在の夫と知り合いました。

 

これはチャンスだと思いました。

 

農業の情報収集をしているとき、たまたま山梨でぶどうの栽培をしている人の本を読んで「野菜よりも、木になる実を収穫する作物を栽培するのがよいかもしれない」と考えるように。

 

結果、オリーブにたどりつきました。

 

日本でオリーブといえば小豆島ですよね。

 

それから数年ごしで、小豆島の生産者の方とのつながりができました。

 

地方への移住が現実味を増したのは、上の子どもが生まれて間もないときのことです。

 

初めての子育ては、見聞きしていた以上に大変。

 

これで復帰したら、さらに大変な日々が待っていると思いました。

 

小さな子どもを育てながら、毎日満員電車に乗って通勤し、 辞令が出たら全国転勤にも対応する。

 

そんなライフスタイルは私の望むものではありませんでした。

 

東日本大震災後は地方への移住を考えていたこともあって、移住するならいましかないと感じたのです。

 

■農家出身でない人が農業を始めるのは難しい

 

ただ、私は農業を「仕事」としてやっていける自信はありませんでした。

 

そもそも、農業は自然の影響を受けやすい仕事。

 

気候変動や動物の食害も受けやすく、収入は安定しません。

 

家族みんなでやるイメージの強い農業ですが、私たちはそれぞれ別の仕事をすることで、リスクヘッジをはかることにしたのです。

 

小豆島での生活を始めて2年経ったとき、夫は農業法人の手伝いから、本格的に就農することを考え始めました。

 

農業は特別な資格などが必要ない職業なので、やろうと思えばすぐにでも始められると思えるかもしれません。

 

たしかに、実家が農家ならそれほどハードルは高くないでしょう。

 

しかし、農家出身ではない人にとって、農業を始めるのは案外難しいことなのです。

 

就農するためには、まず、作物を植えるための土地を見つける必要があります。

 

その後は多少、規制緩和が進んでいるようですが、少なくとも2016年の段階ではそうでした。

 

地方の田舎町では、農業したいからといってすぐに農地を貸してくれる人はいません。

 

まずは土地になじんで、地元の人との関係づくりから始めます。

 

仮に貸し手が見つかっても、農地を借りるときは地主と契約して終わりではなく、農業委員会の承認も受けなければなりません。

 

少子高齢化が進んでいる田舎には、耕作放棄地がたくさんあります。

 

しかし、耕作放棄されるのは条件の悪いところから。

 

水を引きにくい場所にある、斜面が急なところなど。

 

つまり、作業をするには非常に効率の悪い場所から先に耕作放棄されるということです。

 

小豆島でもそうした耕作放棄地は見つかりましたが、長年農地として使われていなかったため、すでに山林になっていました。

 

重機を入れて開墾しなければならない土地で、無理してまで農業する必要があるのか。

 

これはとても悩ましい問題でした。

 

しかも、果樹は植えてから、実がなるまでに数年かかります。

 

小豆島では植えたばかりのオリーブの木が野生のイノシシや鹿に食い荒らされる被害も頻繁に起きていました。

 

これからどうしようか。 その矢先、出会いがありました。

 

オリーブ栽培をはじめた天草市の視察団が小豆島にやって来たのです。

 

たまたま夫のいたオリーブ農家が、視察団の受け入れ先の一つだったこともあり天草の人たちと話をする機会に恵まれました。

 

話をしているうちに、天草は移住者の誘致に積極的なこと、関東出身の夫に興味を持ってくれていることが分かりました。

 

「これから農地を探すなら、天草もよいのでは?」と言われた夫。

 

山林のようになっている耕作放棄地しかなければ、どこに行っても同じ。

 

という趣旨のこと話したところ、なんと天草市の方は、就農できる土地と倉庫のある家を探して来てくれました。

 

夫は悩んだようです。

 

一方「このままここにいても、状況がよくなるわけではない」と思っていた私。

 

断る理由はないと感じました。

 

そして数カ月後。天草に行くことになりました。

 

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