「都会暮らしに疲れた」わけじゃない。横浜出身の私が地方の田舎町に移住したホントの理由


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2020年5月に、私たち家族が地方に移住してから丸5年を迎えます。

 

私がいま住んでいるのは、熊本県天草市。

 

夫は柑橘栽培、私はwebライターのかたわら、柑橘を使ったベーグルやお菓子を作ったりしています。

 

そんな私たちには、2人の子どもがいます。

 

私は神奈川県横浜市の出身です。

 

父の仕事の都合で、海外や名古屋など、横浜以外の場所に住んだこともありますが、住んだことがあるのは電車移動が便利なエリアのみ。

 

そんな人が、はたして車移動が中心の田舎で生活できるのか?

 

たいていの人は疑問に思うのではないでしょうか。

 

実際に、横浜出身だと言うと、周囲の人は驚きます。

 

横浜といえば、住みたい町ランキングで上位に入る人気の街ですから「なんでわざわざ?」と思うのは当然のことかもしれません。

 

実は、地方への移住は、天草が2カ所目です。

 

天草にやってくるまでは、香川県の小豆島にいました。

 

ですから、田舎での生活は天草がはじめてではありません。

 

地方への移住というと「都会での生活に疲れた人が、自給自足なスローライフに憧れて」と考える人が多いかもしれません。

 

私の場合は、ちょっと事情が特殊です。

 

■「街は危ない」ターニングポイントとなった2011年3月11日

 

地方への移住を考え始めたきっかけは、2011年の東日本大震災でした。

 

当時、私は東京・霞が関にある国土交通省の職員。

 

東京は地震の直接の被害はそれほどではなかったものの、地震当日は自宅に戻ることはできませんでした。

 

それ以上に私が怖いと感じたのは、地震後しばらくは買い物に出ても食料品や生活に必要な日用品の品薄状態が続いたことです。

 

計画停電のため、数日は通勤もままならない状況でした。

 

「都会の生活は便利で楽しい。けれど、何かあったとき、一番影響を受けるのは都会に暮らしている人かもしれない」 と感じました。

 

首都圏の食料の大部分を作っているのは、地方です。

 

物流拠点や大きな工場があるのも、地方、首都圏であっても郊外が中心です。

 

地震や戦争などで、物流が滞ってしまったら街はどうなるでしょうか。

 

あるいは、急激に円安が進んで海外からモノを輸入できなくなったら?

 

そんなとき、最低限の生活を維持できるのは地方だと思いました。

 

私にとって東日本大震災は、都市機能の脆弱さを感じた出来事でした。

 

それまで、地方での生活は考えたことはありませんでしたが、それ以降、少しずつ地方での暮らしを考えるようになったのです。

 

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