“当たり前を変えたい”天草のみかん農家がベーグル店開業にかけた思い


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ベーグル店「ふぁくとりーNolley」をオープンしたのは2017年12月のことです。

 

天草の食材をふんだんに使ったベーグルが売りのベーグル屋さん。

 

一般的なパン屋さんはメニューが先に決まっていて必要な材料は日本各地、場合によっては輸入してそろえるケースが多いのではないでしょうか。

 

ふぁくとりーNolleyはあくまでも「天草」をコンセプトにしようと思いました

 

天草では手に入らないもの、たとえば小麦粉は福岡地域でとれた九州産のものを使うにしても、それ以外のものは基本的にすべて天草産です。

 

メニューありきではなく、その季節に手に入るものだけを使います

 

塩も天草の天日塩にこだわりました。1kg3000円ほどしますが、塩を使うのは少量なので、安いことよりも地元にこだわることの方が大切だと考えました。

 

なぜ天草にこだわろうと思ったのか。そこには次のような思いがあります。

 

地元の人が気づいていない"天草の豊かさ"とその問題点

 

私たちがこの地にやって来て驚いたのは、天草の食材の豊富さでした。

 

有明海、八代海、東シナ海の3つの海に囲まれている広い天草は地域によって気候が大きく異なります。

 

地域によって気候が異なるということは、食材のバラエティも富んでいるということ。

 

季節によって海のものも山のものもさまざまな食材が手に入ります。

 

でも、地元の人にとってそれは当たり前のことのようです。産直に行くと、新鮮な野菜や果物が首都圏ならあり得ないほど安い値段で売られています。

 

(物流コストや中間マージンが入っていないということも考えられますが、それはそれで、最終価格には多くのコストやエネルギーが上乗せされている、という別の問題があります。)

 

もしかすると、一年中いつでも手に入る豊かさが、安さを生みだしているのかもしれません。

 

消費者目線で見れば安く食材が手に入るのはいいことですが、安すぎるのは問題だと思いました。

 

この地域では、物々交換も盛んに行われています。しかし、それは生産者にとっては必ずしもよいこととは言えません。

 

「お金を出して食べ物を買う」という習慣がないので、どうしても安くなる傾向にあるからです

 

地域の中ですべてが完結しているのなら、それでも問題ないでしょう。

 

ところが、お店に納品するには車で行く必要がありますし、そのときはガソリンが必要です。

 

食品を小分けにして入れる袋も買わなければなりません。車やガソリンは、お金を出して買うものですよね。

 

もちろん、苗や肥料も買っている人の方が多いでしょう。

 

年金や健康保険、住民税など、住民である以上払わなければならないものもありますから、いくら物々交換が盛んでも、まったくお金なしで生きていくことはできないと私は思います。

 

広い天草では、車移動が中心です。1日数十km移動するのも当たり前の中、ガソリン代や小分け用の袋代も出ないのでは、ほぼ無償のボランティアと同じです。

 

田舎の収入に対する生活コストは決して低くない

 

都市部よりも最低賃金が低いことで知られる地方。

 

生活コストが低い地方では、安い賃金で問題ないと説明されることがありますが、それは大きな勘違いだと思います。

 

都会暮らしに比べて生活コストを抑えられるのは、そこに実家があって家賃がかからない人の場合。

 

祖父母と一緒に暮らしている人も多く、食費や光熱費などもシェアできます。

 

子どもの世話を頼める人が近くにいれば、ベビーシッター代も掛かりません。

 

しかし、そうした周囲の手助けを得るのが難しいIターン移住者の場合はどうでしょうか。

 

先述したように、田舎は賃貸物件が限られていますので、家賃は高止まり状態。

 

一次産品は安くても、トイレットペーパーや洗剤など日用品の値段は変わらないのですから。

 

都市部は家賃が高い一方、インフラが整っているので車は必須ではありません。必要なときに借りても、十分生活できます。

 

その点、田舎は一人一台の車社会。車には、自動車税、任意保険代、ガソリン代、2年に一度の車検代がかかります。その他にも、こまごまとしたメンテナンス費用が必要です。

 

家族の人数分、車が必要になりますので、その維持コストもバカになりません。

 

単純に金額で比較すれば、確かに地方の生活コストは都市部より低いでしょう。

 

しかし、一般的な会社員として得られる収入に対する割合で考えると、低コストとは言い難いと思います。

 

それなのに「この安さは何だろう?」と思いました。

 

趣味で野菜づくりをしているなら、好きに価格設定すればよいと思います。好きなことができている時点で、目的のかなりの部分が達成できているからです。

 

けれども、その品物が仕事でやっている人と同じ市場に出てしまうのは、地域としてはかなりのマイナスになります。

 

特に天草は、移住者を増やしたいと考えています。せっかく若い移住者に来てもらっても、生活できないほど安いのが当たり前の状態では、すぐに出ていってしまうでしょう。

 

そのような状況の地方の田舎町は、Iターンの移住者が一人暮らしするには経済的に厳しいところだと思います。

 

ただし、「一人口は食えぬが二人口は食える」ということわざもあるように、家族やパートナーと一緒ならやっていけます。

 

いい循環を作りたい。材料も塩も「天草産」にこだわる理由

 

「地元では売れないから」と多くの事業者が、外に販路を求めています。

 

よいものは優先的に街に出ていくので、地元のお店に並ぶ多くの生鮮品はいわば "余りもの"

 

ビジネスとしてはそれでよいのかもしれませんが、それは本当に地域にとってよいことと言えるのでしょうか

 

若い人が街に行くのは、そんなことも大きな原因になっているのではないかと思います。地方はどこも学校卒業後の若者の流出を食い止めるのに必死です。

 

しかし、地元にとどまって欲しいなら、郷土愛を植え付けるだけでは解決しない、と私は思います。

 

賃金が安いからモノの価格も安くなるのだと思いますが、それを続けて状況がよくなることはないでしょう。

 

私のできることはほんのちっぽけなことかもしれません。ほとんど意味もないかもしれない。

 

それでも地元の食材にこだわり、生産者に無理させない対価を払う。

 

余裕ができた人が次の買い物をすれば、いい循環を作り出せるのではないか。

 

そんな思いから、ふぁくとりーNolleyは生まれました。

 

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